先生の話(私のこと①)

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本当に「先生」にお世話になっている、ウチの実家。
実は、私が結婚するときにも、母は「先生」に聞きに行っていたようです。

私が結婚したのは20歳の時です。
高校を卒業した後、メイクやデザインの勉強をしたくて、父母にお願いして
専門学校に進学させてもらいました。
一年間基礎学科の勉強した後、本来なら上級学年に進学するところを、
進路を決めることができず、結局は専門学校をやめて、就職することにしました。
19歳の春、とある自動車整備工場の受付(フロント業務)及び事務ということで
就職がきまりました。
初めての社会人としての仕事は、最初こそ緊張しましたが、楽しいものでした。
その自動車整備工場には20代の先輩が二人いましたし、併設のガソリンスタンドで
働くスタッフにも同年代の子がいましたので、休み時間も楽しく過ごしていました。
当時、会社の上司であり、取締役であった常務の元で仕事をすることが多く
認められたくて、一生懸命色んなことに取り組んだものです。
1年後、8歳年上のその上司と結婚したのです。
婚約から結婚まで、今でいうスピード婚だったため、母も心配だったのでしょう。
「先生」にお伺いを立てたようです。
当時の私はそんなことを知る由もなく・・・・その後大変な思いをするのですが。

10年後別居、12年後離婚・・・・となりました。
別居し、子供の親権でもめているときに、母から聞いた「先生」の話です。
「先生」は、『この結婚は心配なことがあると。家にある、対でなくてはならない
ものが、片方しかない。片方だけというのは、良くない。』と言われたそうです。
ところが、当時「対でなくてはならないものの片割れ」が、何のことを指すのかが
分からなかったのです。母は、そんな不安を抱えながらも、私の結婚を祝福して
くれたのですが、あえなく離婚という結末を迎えてしまいました。
離婚問題が、ひとまずの決着がついたとき、改めて「対でなくてはならないものの片割れ」
が気になり、母と話したのですが、「床の間に飾ってあった、獅子のお頭(おかしら)ではないか?」
ということになったのです。
「あぁ・・・そういえば、あぁいうのは対であることが多いよね。」という話をしました。
その「獅子のお頭」、大きさは20cm程度で小ぶりなもので、赤い顔に白いたてがみ、
獅子舞の獅子みたいなかんじの飾り物です。どういう経緯で実家に来たのかは、
話に聞いたかもしれませんが、覚えていません。
「この子が、一人で寂しかったのかもね・・・」ということで、話は落ち着きました。
対にしてあげていたら、私の結婚生活も、そのまま続いていたのでしょうか・・・・

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